雲母の世界
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迷宮から始まる雷霆の一日 ②

碧谷 明




「ぃよぅ! 雷霄! 酒あるか?」
 雷の間にて開口一番にそう告げられ、さしもの霸霧帝も苦笑を隠せなかった。
「兄上……もう少し他に言霊の使い様というものがありましょう?」
「その割にお前は気にしてねェみたいじゃねェか?」
 ニヤリ、と口許に笑みを掃いて返された言の葉に、霸霧帝は瓶子を手渡しながら軽く笑みを漏らした。
「私はね。いい加減慣れもしました。しかし皆が皆そうではありませんから……肝を潰す者が居てはたまりませんよ」
 瓶子を受け取った雷霆がそのまま直接口をつけて呷るのもまたいつもの風景。慣れれば確かにどうということもない……のかもしれないが。
「フ……ン、その程度で腰抜かすようじゃ到底宮仕えは無理だろうが? 相ッ変わらずお前の回りは甘ったればっかだなあ」
 そう、笑われ、肩をすくめて気が済んだら見つからないうちに帰って下さいよと釘を刺して立ち去った霸霧帝に、雷霆は言霊を放ちすぎたかと独り言ちるのだった。
「雷霆殿? このような所で一体何をしておいでなのです?」
 そう、言の葉を投げかけてきたのは、漆黒の髪を持つ東宮傅、夜半の君。国母たる散葉姫の兄にして左大臣の第一子、つまり妖狐族なのだが、とにかく真面目で、雷霆にとっては格好のからかい相手である。
「ンだよンなモン見りゃ分かるだろ~が。お前こそこんなトコで何やってんだ?」
 ニヤリ、と口許に笑みを刷いて見せる雷霆に、夜半の君は眉根を寄せる。
「誰も居ない筈の場所に何らかの気配を感じれば、様子を見に来るのは当然だと思いますが?」
「ンなモン俺が居るからに決まってンだろ~が。それともなにか、昨今の近衛の連中は根性ナシ揃いで、東宮傅ともあろうお方がわざわざ見回りなんて真似しなきゃなんねェとか?」
 明らかに邪揄混じりに吐かれた言霊など聞き流してしまえば良いのだが、夜半の君では性格上、そうもいかず……
「誰も近衛が無能とは言っていないでしょう!? それどころかひどく優秀ですよ! 大体近衛など居ても居ないように毎日忍び込んで来るのは雷霆殿ではありませんか! 一体誰のせいで近衛府の者達が自信喪失していると思ってらっしゃるんです!? 第一、『不審な気配』がもし雷霆殿ではなかったら、それをみすみす見逃してしまったら、それこそ一大事ではないですか!!」
 夜半の君は一気に捲し立て、その為、酸欠でくらりと蹌踉めいた。
「お……ッと……アブねェなァ……ちッと落ち着けって」
「だ……ッ……誰の……ッ……せいだと……ッ……!!!」
「あ~はいはい分かったからとりあえず休め?」
 すかさず受け止めて苦笑する雷霆に、夜半の君はか細い息の間にも拘らず反論を試みる。が、全く相手にされず、あまつさえ抱え上げられ、雷の間に運び込まれる羽目になってしまおうとしていた。
「何処に触れたか分からないような汚い手で兄上に触らないで頂けます? あまつさえ酒臭いとは……あぁ汚らわしい」
 思いッきり顔をしかめながら雷霆を突き飛ばすようにして夜半の君を救い出した(?)のは東宮大夫・有明の君。これがまた実に兄想い(ブラ・コン)で、しかも性格は正反対、雷霆にとっては少々苦手な相手でもある。
「俺は倒れ込もうとしてたそいつを、こんなトコで倒れてんのもアレだろうと思って運び込んでやってたんだがな~お礼言われるならともかく、兄上想いの誰かさんに突き飛ばされるとは思ってもみなかったな~」
「おや、そうですか? しかしこの辺りならば誰ぞ通ることもありませんし、兄上に何かありましたら私がすぐに気付きますから、そのようなお気遣いは無用ですよ?」
 反論を試みた雷霆に、有明の君はにっこりと言霊を返す。表面上どんなに穏やかに見えても、兄をかばい雷霆に向かうその心中はまさしく臨戦体制。そういった気配が雷の間に満ち、肌を刺すようだった。
「あ……大夫の君……? 私なら大丈夫ですから……仮にも雷霆殿は恐れ多き帝の兄上なのだし……」
「帝の兄上だろうと穀潰しは穀潰しですから兄上はお気になさらず」
「「……な……ッ!?」」
 バッサリと切り捨てる有明の君の容赦のなさに、雷霆と夜半の君は共に絶句した。
「あぁそういえば昔、宝物殿から持ち出された『竜の牙』の行方、なにやら穀潰しの雷霆殿はご存じとか……いい加減お返し頂けませんかね?」
 ふと、思い出したように有明の君が言の葉を紡ぐ。しかしながらその紡がれ方は鋭利で、あまつさえ内容に至っては――
「…………お前、そんな情報一体何処で仕入れてンだ!?」
 雷霆を狼狽させるに足るものだった。
「あれ? 『竜の牙』って随分前に紛失したという宝物ですよね? どうして雷霆殿がその行方をご存じなんです?」
 きょとん、とした表情で夜半の君が疑問を口にすると、雷霆はしまったとばかりに軽く口を押さえた。
「? 雷霆殿?」
「いやァさすがは職務熱心な夜半の君! マジメだなァ」
 はッはッはッと笑う雷霆に、夜半の君は胡乱な眼差しを向ける。
「あ~無駄ですよ兄上。話す気がおありではなさそうですから。ど~ッしてもお聞きになりたいのなら私が口を割らせて差し上げますよ?」
「……………………じゃっ! オレもう帰るわ! 邪魔したな!!」
「あっ! ちょっと、雷霆殿!?」
 相変わらずにこやかに言霊を繰る有明の君に、雷霆は夜半の君の制止を無視してソソクサと雷の間を後にするのだった――


「ふわ……ッあァ……!! つッかれたァア…!!!」
 雷の間を後にしたその足で自らの住処ヘと戻った雷霆は、そのままゴロリと寝床に寝転がる。
「本日のオツトメは……ちぃッと休んでからにすッか……」
 生きた枕の一匹も欲しいトコだが、もう楽園(パラダイス)も営業時間だしな、と一匹ごちると、その言の葉通り雷霆は体を休める眠りの世界へと堕ちてゆき、真夜中を回る頃に再び起き出して宝探しへと向かい、また気が済んだら好きなだけ眠るのだった――



碧谷 明

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