雲母の世界
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迷宮から始まる雷霆の一日 ①

碧谷 明




「ふわッ……ぁあ~~」
 雲母の南の楽園(パラダイス)のそのまた南に位置し、雲母を取り囲むように存在する結界に接する迷宮。その迷宮の中でも最南端、つまり最も結界に近い局で、雷霆は常の如く朝を迎えた。とはいっても宵っぱりな雷霆のこと、既に日も傾きつつあったのだが。

 ばさッ!
 ガン!
 ガラガラどしゃん!!

 大きく伸びをするついでに翼も伸ばすと、其所此処に並べられた雷霆の宝物(ガラクタ)の数々が地響きを立てて崩れ落ちた。中には、先日の騒動に発端となったブツも混じっている。
「あ~ぁ……そろそろ此処も増築せんといかんなァ……」
 燦々たる有り様に、雷霆は溜め息混じりにそう呟いた。といって格別何をするという訳でもなく。
「ま、そのうちまたあの南のヤツと取引でもすりゃいいか」
 そう吐き捨てると、雷霆は窓の外へと飛び出して行ったのだった――


「ひゃあ、雷霆さま、おはようござんす」
 いきなり隠し扉から飛込んできた雷霆に、これでもかと着飾った女が、しゃなり、と気取って声をかける。が、その言の葉ほど驚いている様子はない。
「おぅ、太夫、いつも悪ィな」
 にやり、と口許に笑みを掃く雷霆に、女は柄にもなく頬を染めた。
「なんだなんだ、楽園一と歌われる松屋の芙曄(ふよう)太夫が生娘みたいに……」
 そう、此処は、楽園。日常に疲れた男共が着飾った花魁達相手に浮世のウサを晴らす、場所。芙曄はその中でも頂点を極める「太夫」なのだ。
「いややわぁあちきの心、知っておりなんすくせに……恥ずかしゅうありんす~」
「……俺にまで商売しなくてもいいんだぜ?」
 分かっているようで分かっていない雷霆が苦笑を漏らす。
手練(てれん)ではありんせんのに……」
 いつもいつもそないにかわしんすのなァ、と芙曄は残念そうに溜め息をつき、雷霆はというと、まァそうしょげるな、と口付けたのだった――


「さて……黒鳳蝶ンとこにでも行ってみるか……」
 芙曄と戯れたまさにその足で、雷霆は雲母を北上していく。目指すは六条、黒鳳蝶の瑠璃華が住まう、場所。かつて、目をつけ、常に、気にかけてきた。今はまだ、少しちょっかいを出す程度。その位で構わない。少しずつ、時間をかけて……幸いにして、時間ならいくらでもあるのだから――
「……ぉ? なんだ、今日は居ねェのか……」
 到着してみると、そこは(もぬけ)の空だった。
「このまま待ち惚けンのも馬鹿らしいし……かといってアテもなく探し回って見付かるモンでもねェし……」
 さて、どうしたもんか……と、雷霆が腕を組んだ、丁度その時。

 がたたッ!!

 不意に、物陰で何かが崩れるような、音。実際、視界の隅で何かが動いた。見えたわけではないが瑠璃華の気配がする――ような気がする。

 すたすたすたすたすたすた……

 ガタタッ!!

「…………………………」
 近付いてみると、明らかにこちらの動きを意識している。どうやら無駄足にならずに済んだようだと、雷霆は一匹ほくそ笑んだ。そして――

 ドンガラガッシャ~ン!!!!

「「「うわっ!!?」」」
 雷霆はその物陰へ突如、霹靂を放った。隠れていた者達は慌てて跳び退く。
「よぅ、黒鳳蝶の。隠れんぼか?」
 にやり、と口許に笑みを掃いて宣われた言の葉に、渋々、といった風情で瑠璃華が姿を現す。
「………………で? 一体何の用だい、疾黒の?」
 不機嫌そうに投げられた言の葉に、心なし雷霆は嬉しそうに口許を歪め……
「別にぃ~? 俺はただ通りかかっただけだが? 天下の往来、まさか渡るなってェ訳じゃああるまい?」
「……ッ誰もそんな言霊吐いてないだろッ!?」
 返された言霊に、瑠璃華は我知らず唇を噛み締めた。
「あ~あ、雷霆サンってば、また、やってるよ……」
「にゃ~~・」
「そうですね、当分終わりそうにないですし、何か甘いモノでも食べに行きましょうか、玻璃音サン♪」
「にゃんっ♪」
 雷霆と瑠璃華の(一方的な)じゃれあいにヤレヤレと溜め息をついて、浅葱と玻璃音はその場を離れようとした。が。
「あぁ、もぅ! 用もなくただ通りすがっただけってのなら、サッサと行っちまいな!!」
 いい加減絡まれるのに業を煮やした瑠璃華に叫ばれ、つれねェなァと苦笑しつつも雷霆はあっさりと引き下がったのだった。


「さて……そろそろいい時間帯だし、いつも通りタダ酒でも呑みに行くか……」
 瑠璃華達と分かれ、一匹歩を進めていた雷霆は、あたかも尾行を巻くかのごとく突然、バサリ、と翼を広げ、ふわり、と翔びたっていった。
「あ~~っ! また逃げられた~~ッ!!」
 実際、その界隈に住むガキが毎度毎度つけてきていたのではあるが。
「チェッ、今度こそ疾黒の雷霆が何処で何してんのか突き止めて弟子にしてもらおうと思ったのになァ……」
 ぶつくさと愚痴る少年を尻目に、雷霆は空から一路、内裏へと向かったのだった。



碧谷 明

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