雲母の世界
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泡沫の雲母の夢 ④

碧谷 明




  ① 偉鑒(いかん)
  ② 大蔵
  ③  〃
  ④  〃
  ⑤  〃
  ⑥ 大蔵省
  ⑦ 大蔵
  ⑧  〃
  ⑨ 長蔵
  ⑩ 右近衛府
  ⑪ 左近衛府
  ⑫ 右兵衛府
  ⑬ 左兵衛府
  ⑭ 朱雀門
←― 大内裏図

北側から大内裏(だいだいり)へと通じる偉鑒門(いかんもん)。かつて花山天皇が出家するために通り、「開かずの門」となったというこの門から入るのが宝物殿への一番の近道だ。瑠璃華達は下手に遠回りをして見つかる確立を高くするよりはと、あえて見張りの多いであろうこの門のあたりから入る道を選んだ。尤も、瑠璃華や雷霆と見張りとでは実戦経験(キャリア)が違う。彼ら如きに見あらわされるようでは、これまで生き残ってくることなど不可能だ。そして先導するのが忍びの者であり座敷童でもあり、気配を絶つことにかけては瑠璃華以上である浅葱とあっては、見張り達に気付かれよう筈もなかった。が、しかし――。
「オイ黒鳳蝶の。」
「? 何さ?」
「……イヤ、いい。何でもない、気にするな。」
歩を進めつつやや逡巡して返された言の葉に、瑠璃華は眉を顰めた。
「そーゆー言い方されたら余計に気になるんだけどね。」
「何でもない、と、そう言っただろうが?」
それに対する雷霆の声音は、どこか笑いを含んでいるように響く。
ちょうどその時、その傍らで浅葱は微かに首をかしげていた。その事に気づいた瑠璃華は、雷霆と話していて遅れた分歩みを速め、浅葱に声をかけた。
「どうした? 何か見つけたのかい?」
「いえ……何だろう、何か嫌な予感がするんです……」
「ふぅん……じゃあとりあえずちょっとアタシが先に行ってみようか……何かあった時、浅葱じゃ対処しきれないかもしれないし。」
その言霊と共に、瑠璃華は一歩踏み出そうとした。
「ちょっと待て、黒鳳蝶の。」
「な―――!!?」
いつのまにか瑠璃華のすぐ真後ろに来ていた雷霆が、瑠璃華の腰に腕をまわしていたのだ。瑠璃華はとっさに何が起こったか理解できず動揺し、浅葱に散々釘をさされていたにもかかわらず大声をあげてしまった。
「誰だッ!!?」
「どうした!?」
「今、何か声がッ!!」
「まさか帝を暗殺せんとする者が侵入したのかッ!?」
「暗殺者だとッ!?」
「そのような事は前代未聞だッ! 早うひっ捕えよ!!」
瑠璃華の上げた声を聞きつけた見張りの者達が、かなり的外れな予測を立てて騒然として騒ぎ始めた。
「何するんだいッ疾黒のッ!!」
「……結界がはってあるから危険だと言おうとしたんだが……どうやら気づかれてしまったようだな。」
「――――ッッ!!!」
瑠璃華は口をふさぐ手を振りほどき、思わず再度小声で怒鳴った。が、それに対し雷霆は腰にまわした手を放す事なくしれっとした顔で言の葉を返し、瑠璃華は頭を抱えてしまった。
「そんな事より、どうしましょう? なんか暗殺者って事にされちゃったから、予想してたよりはるかに罪が重くなってるし、今日のところは見つからないうちに引き上げた方がいいかもしれないんですが。」
予想外でもない事態に半ば呆れながら、浅葱は他の二匹の判断を仰ぐ。
「毒を喰らわば皿まで。いっそこのまま目的を果たすというのはどうだ?」
「そうだねェ……できれば公儀の連中に追われる、なんて事態は避けたいんだけどねェ……。」
「あ、でも明日からはグンと警備が厳しくなって、結界も増えて入りにくくなっちゃうかも……。」
思い出したように重ねられた浅葱の言霊に、瑠璃華は眉を顰めた。
「要はどっちの方が無茶なのか、って事か……。どうしたもんかねェ……。」
「俺は同じだと思うが? 第一、今から引き返すにしても、必ずしも見つからないというわけではないだろう?」
ここに至って、ようやく雷霆は瑠璃華の腰に絡めた手をほどいた。暴れようという心積もりがありありと見える。
「ちょっと待て、疾黒の!! 一体何をする気だ!?」
なぜかどうしても意識してしまうため、腰にまわされた手が離れたことに瑠璃華は確かにホッとしていた。が、雷霆がさらに騒ぎをおおきくしようとしているため、瑠璃華は再び声を大きくしてしまう。
「どこだ!?」
「あちらの方だったぞ!!」
瑠璃華の声を聞きつけて、見張りの者達が集まってきた。
「俺が騒ぎを起こして時間を稼いでやるから、お前らは宝物殿へ急げ!」
「ちょ―――ッ疾黒の!!?」
口元に少々不敵な笑みを刷いた雷霆が嬉々として吐いたその言霊の内容の無謀さに、瑠璃華は言の葉を失った。その隙に、雷霆は見張り者達の視界に入る位置へと移動し――。
「オラオラそこの腰抜け共! お前らの目は節穴か!? 疾黒の雷霆様はこっちだぞ!!」
大音声で呼ばわりつつ見張りの者達の前へと躍り出た。
「雷霆!?」
「雷霆というとあの無法者の!?」
「誰か、滝口や近衛府、衛門府に兵衛府、それに検非違使の連中を呼んで来い!! あやつが相手ではいくら手があってもこと足りんぞ!!!」
忍び込んだ者の正体に、見張りの者達は騒然となる。何しろ『疾黒の雷霆』の異名を持つ彼の悪行と強さは、この雲母中に響き渡っているのだ。彼の半分ほどしか生きてはいない彼らが恐れ、慌てふためくのも無理はない事だった。
「で、どうするんですか、瑠璃華サン?」
浅葱の声に我にかえった瑠璃華は、あきらめたように深いため息をついた。
「どうするって……こうなったら行くしかないだろ? 仮にも依頼人であるあの男をここに残してずらかっちまう訳にもいかないしさ。ただ問題は……。」
眉を顰めて宝物殿の方を見やった瑠璃華に、浅葱は同意するように苦笑した。
「一体あの中のどこにあるんでしょうね、例のアレは。」
『宝物殿』といっても決して一つ限りという訳ではない。大蔵と呼ばれるそれは、大きさ(サイズ)は違えど六つもあるのだ。一つ一つが各省と大して変わらない大きさのそれを一つ一つ調べている時間など、今は、ない。
「いっそ大蔵省行って出納帳で調べる方が早いか……?」
「そーですねェ今なら案外人もいなくて調べやすいかも。でも見つかる確率、高くなりますよ?」
二匹が思案にくれているうちに、応援の者達が集まりつつあった。その中には検非違使である轂焔の姿もある。周囲には篝火(かがりび)が灯され、何をしでかすか分からない雷霆の一挙手一投足までもはっきりと見えるようになっていた。



碧谷 明

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2009/06/01
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