泡沫の雲母の夢 ③
碧谷 明

二、三日後、瑠璃華は轂焔を呼び出した。突然呼び出された驚きを隠せないようだが、その一方で邪魔者抜きで瑠璃華に逢えると何やら嬉しそうだ。
「悪かったね、急に呼び出しちまって。」
「それは別に構いませんけど……何かあったんですか?」
「イヤ、別に何もないけど。何かなきゃ会っちゃいけないって訳でもないだろ?」
痛いところを突かれて慌てた瑠璃華はごまかすように言の葉を紡ぎ、あまつさえ笑みを刷いた。轂焔にしてみれば天にも昇る心地である(瑠璃華は別に狙ってやった訳ではなかったのだが……)。
「ところで、さ。コレは純然たる興味なんだけど。例のアレって一体どうなったんだい?」
「どーしてです? どーだっていいでしょう、そんなことは。」
別に期待していたわけではなかった(――イヤ、全く期待していなかったといったら嘘になる)が、瑠璃華が自分を呼び出した理由が色っぽさの欠片もないと知って轂焔は少々むくれた。
「だから純然たる興味だって。それに何の音沙汰もなしだから町中に妙な噂がとびかっちまって何が本当なんだか分かんないんだよ。」
「……でも、本当は外に漏らしちゃいけないんですよ?」
「ウンウン分かってるって。アタシだってそうそう漏らしゃしないよ。」
なんだかんだいっても、瑠璃華にはめっぽう弱い轂焔が揺らぎ始めたのを見て、瑠璃華はここぞとばかりに無責任な言霊を投げた。
「何か引っかかるんですけど。でもまあ瑠璃華さんを信用して、瑠璃華さんにだけにお教えしますけど、実はアレ、もう帝の所に献上しちゃったんですよ。」
「は???」
予想外の言の葉に、瑠璃華はとっさに反応しきれなかった。
「だから、もう帝の宝物殿の中に入っちゃったんです。」
「ちょっとぉ待て。まだ何かって事も分かってないんだろう!? 危険物だったら一体どうするんだ!!?」
「ああ、とりあえず色々やりましたけど、特に反応はなかったですよ? 新手の仲間って訳じゃなさそうでしたし、
「んなむちゃくちゃな……何かあったらどうするんだ全く。」
予想外に大雑把な検非違使の所業に、瑠璃華は深いため息をついた。
「でもホラ、やっぱりアレって珍品ですし。珍品といったら帝に献上されるものと相場が決まってますからねぇ。うちとしても早々に献上せざるをえなかったんですよ。」
「しっかし、献上したって早々に宝物殿に入っちゃうんじゃあ意味ないと思うんだけどねェ。なんだって皆、そんなにホイホイ献上したがるんだか。」
そういった事に疎い瑠璃華らしい言の葉に、轂焔は顔をほころばせた。
「そうする事で帝の覚えが良くなって、それが出世につながると考えているんでしょう。もっとも、本当に帝の覚えが良くなるのかどうかは謎ですけど。」
「フン。どーせ出世を望むなら、実力で勝負しやがれってんだ! 根性なし共め! そんなヤワな根性じゃせいぜい三日天下がいいとこだろうよ。」
腐りきったとしか思えないような内裏の内側の様子に、瑠璃華は鼻息も荒く言霊を放った。そんな瑠璃華を見た轂焔は、やっぱり色っぽさの欠片もないけど、これはこれで瑠璃華さんらしくていいかと苦笑したのだった。
「と、ゆー訳で特に危険物でもなけりゃ新手の仲間でも付喪神でもなくて、今は帝の宝物殿にあるってさ。」
再び、ちゃぶ台を前にして瑠璃華・浅葱・雷霆とおまけに玻璃音が作戦会議を開いていた。
「じゃ、手に入れようと思ったら宝物殿の方に行かなきゃいけないんですね?」
「そーゆー事になるねェ。検非違使が持ってるよりも逆に厄介なんじゃないか?」
「う~ん、突破しなきゃいけない警備の数が増えた、かなぁ? ま、やってやれない事はないでしょうけど。」
さすがに忍び込むとなると、忍びの者である浅葱が中心となる。瑠璃華や玻璃音とて怪猫族のはしくれ、気配を消すのは決して不得手ではないのだが、忍びの者でありその上座敷童でもある浅葱には遠く足元にも及ばないのだ。
「心配するな、俺も行くさ。」
それまで黙っていた雷霆が、不意に言霊を投げた。
「アンタが来てどうするのさ!? 来ようが来るまいが別に変わんないだろ? それどころか、余計に目立っちまうんじゃないのか!?」
「まさか。それどころか、もしもの時には空から逃げられてお買い得だぞ?」
「そーゆーのを無駄に目立つってゆーんだよッ!! 冗談じゃない、これ以上そんな爆弾抱え込めるかッ!!!」
雷霆の無謀としか思えないような提案に、瑠璃華は思わず声を荒げた。
「まぁまぁ瑠璃華サン、見張り役が増えると思って。それにホラ、雷霆サンは依頼人ですよ?」
「そーだよぅお姉ちゃん。お客サマは大事にしなきゃ。」
大昔に流行したらしい、「お客様は神様です」という言霊を三度ほど胸の内で唱えて、瑠璃華はやっと落ち着きを取り戻した。
「とにかく、お二方とも目立つことは決してしないで下さいね。どう足掻いたって帝の宝物殿を暴くなんて、つかまったら大罪は免れられないんですからね。」
「ああ。そのくらいはこちらだって注意されなくても分かってるさ。むしろ注意が必要なのは、あっちの方なんじゃないのか?」
しれっとした顔で浅葱に言の葉を返しつつ、雷霆は瑠璃華の方を見やった。
「オイ、疾黒の、そりゃあ一体どういう意味なんだい!? 一体誰のせいでこんなことする羽目になったと思ってるのさ!!?」
「ほほう、一体誰のせいだと?」
「―――――ッッ!!!」
無言で身を震わせる瑠璃華を、心配そうに浅葱は見やった。
「あの、瑠璃華サン、分かってらっしゃるとは思いますけど、くれぐれも怒鳴ったりしないで下さいね?」
「分かってるよッ!!」
思わず小声でそう怒鳴る瑠璃華に、こらえきれず雷霆は吹き出したのだった。

碧谷 明