雲母の世界
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泡沫の雲母の夢 ②

碧谷 明




「あ、瑠璃華さん! ひょっとして来るかもと思ってたらやっぱり来ましたね。」
四条河原に向かってみると、人ごみの中から検非違使らしき男が親しげに言の葉を投げてきた。彼の名は涅俎奴(くりそめ)轂焔。瑠璃華・玻璃音姉妹の従兄弟にして職業はなんと検非違使。外見は人に例えると二十五歳程だが、実際の年齢は四十二歳である。
「まあね。やっぱ探偵である身としては、こーゆー事件の匂いのするとこには来とかないと。それで、現物はどこなんだい?」
「アレ、ですよ。」
そこには、確かに謎のブツがあった。玻璃音の言の葉通り、「鉄色のツノと細長い六尺半ぐらいの尾を持った黒くて四角い塊と、よく分からないけどゴチャゴチャしたものを結界で包み込んだみたいな一尺半の管玉型のやつ」としか形容しようのない代物である。
「なんだい、ありゃ。検非違使ではもう何なのか突き止めてるのかい?」
「イエ、今のところはまだ何も……。とりあえず新手の仲間ではないかという線から調べてみるつもりですが……。」
「でも別に動いてるとかそーゆーワケじゃなさそうですよね? って事は検非違使はアレを仲間の死体じゃないかと考えているんですか?」
今まで大人しく話を聞いていた浅葱が口を挟み、瑠璃華との会話を邪魔された轂焔は少々不機嫌になった。
「別に動かんからといって死体とは限らんだろう? わざわざ死体と決めてかかる必要はないんじゃないのか?」
「エー、じゃあ死体じゃなかったら何なんです?」
「うっ……だ、だからその……なんだ、色々あるだろう!?」
「さァ~? ボクはちょっと分かりませんけど?」
浅葱は轂焔をからかって遊ぶのが楽しくて仕方がないらしい。轂焔にしてみたらいい迷惑といえなくもない。
「浅葱、そのくらいにしときな。ところで轂焔、アンタあれが何なのかって調査、ウチに依頼してみる気はないかい?」
「る、瑠璃華さん、いくらなんでもそれはちょっと……一応仕事ですから。」
せっかく瑠璃華に良い所を見せる事のできる機会(チャンス)といえなくもないが、轂焔とてさすがに上役にバレると首を切られかねないような事は避けたかったようだ。
と、その時。
「オヤ、其処にいるのは黒鳳蝶の。」
「ゲッ!! オマエは疾黒(しっこく)の!?」
ふらりと何気なく現れたこの男、名を磐座(いわくら)雷霆(らいてい)といい、通称は「疾黒の雷霆」。人に例えると二七、八歳の容姿だが実年齢はなんと九十三歳で、この雲母でも有数の古株である。人は彼を無法者と呼ぶが、その理由としては、天狗族の出である彼が、本能の誘惑に負けてしばしば世界と世界の果てとのちょうど境界部分にあるゴミ捨て場へ赴いて様々なブツを拾って来るからだ。
「いきなり『ゲッ!!』ってのは失礼だと思うが? 大体、結構頻繁に顔を会わせているものを、そこまで嫌そうにする事はないだろうに。」
確かにこの二匹、何故か頻繁に顔を会わせている。が、実をいうと瑠璃華はこの雷霆が苦手である。少なくとも本人はそう思い込んでいる。どうも雷霆の前ではイマイチ普段通りには振舞えないのだ。何故そうなるのかを理解できていない以上、瑠璃華よりも玻璃音の方が情緒面は発展しているものと考えても良さそうだ。
「う、五月蝿いッ! なんだってアンタみたいな奴がこんなトコにいるのさ!?」
「イヤ、別に俺もアレと検非違使の混乱ぶりの見物に来ただけのただの野次馬だが。それにしても『みたいな』って……俺が此処にいたら何か悪いのか?」
雷霆自身は瑠璃華の動揺するさまを見て楽しんでいるのだが、瑠璃華との会話を再び中断されてしまった轂焔にしてみたら面白くない事この上ない。しかも轂焔は検非違使、無法者を捕らえる立場なのだ。黙っていられよう筈もなかった。
「悪いも何も。無法者であるアナタはれっきとした処罰の対象ですから? 検非違使としてはもう、すぐにも捕えさせてもらわないと。」
年の差があまりに大きいためか、轂焔は馬鹿に丁寧な口調で、あまつさえ口元に笑みまで浮かべていた。が、さすがに目は笑ってはおらず、少々妙な迫力があったのだが、齢九十三歳の雷霆には馬耳東風もしくは蛙の面に水といった風情で、効果があろう筈もなかった。
「貴様如きにこの俺を捕らえられよう筈がないだろう? そんな事より、実は『黒鳳蝶の瑠璃華』に仕事を依頼したいんだが。」
「は? 依頼!? アンタが、かい!!?」
「いーじゃないですか、瑠璃華サン。どーせ仕事日照りで今、暇なんだし。モト取れそうなら引き受けちゃいましょうよ。」
思わず怯んでしまった瑠璃華を見かねたのか、横から浅葱が言霊を投げてくる。しかも、「仕事日照り」などと、投げなくても良いような言霊まで投げていた。
「コラ浅葱、確かに今暇だけど、仕事日照りってわけじゃないよッ!!」
「――って瑠璃華さん駄目ですよ! いくら暇でも無法者の依頼なんか引き受けちゃあ!!」
慌てて止めに入った轂焔に雷霆は眉を顰めた。
「五月蝿い。貴様には関係ないだろう? オイ黒鳳蝶の。とりあえず場所を変えないか? 全くそこの検非違使の蝿がやかましくて、ろくに話もできん。」
「関係なくはないでしょう!? 検非違使は非法・非違の検察と追捕・訴訟・行刑を掌り、ひいてはこの雲母の住民の安全を守る事が務めなんですから。」
「ところで轂焔サン。」
不意に、浅葱が言霊を投げた。
「ああ? 何だ? 今、忙しいんだが。」
「ねェ轂焔サン。あそこでこっち睨んでるのって、もしかして轂焔サンの上役とかじゃないんですか?」
「うッ!!」
実際、それは轂焔の上役だった。傍から見れば油を売っているとしか思えない轂焔の態度に、少々堪忍袋の緒を切りかけているようだ。さすがの轂焔も、これには身の危険を感じたらしい。
「と、とにかくっ!! こんな無法者の依頼なんか受けちゃ駄目ですからね、瑠璃華さん!!!」
首を切られてはたまらないと、轂焔は慌てて上役のもとへと戻って行った。
「やれやれ、あわただしい奴だねェ。それで? どうするんだい、疾黒の?」
「そうだな……やはりとりあえず場所を変えないか?」
呆れたように零れ落ちた瑠璃華の言の葉に答えた雷霆が、口元に少々不敵な笑みを刷いた。それを見た瑠璃華は、普段通りには振舞えない己の存在を強く感じて動揺し――。
「―――ッッッ!!!」
思わず盛大に顔をひきつらせた挙句に後退ってしまった。
「……黒鳳蝶の。お前、いくらなんでも、それは本当に失礼だぞ?」
あまりといえばあまりの反応に、雷霆は眉を顰めた。
「えっ!? あ、ああ……。」
「お二方とも、移動するんじゃなかったんですか?」
雷霆の反応にたじろいでしまった瑠璃華をまるで助けるように、浅葱は二匹に声をかけた。
「それもそうだな。」
「ああ。移動するか。」
浅葱に声をかけられて瑠璃華は我にかえり、その言の葉通りに四条河原をあとにするのだった。

「あっ! おかえりなさぁ~い。」
雷霆を伴って戻ってみると、玻璃音が勢いよく跳び出してきた。
「ただいま帰りました。お留守番、お願いしてしまってスミマセン、玻璃音サン。」
浅葱に謝られた玻璃音は、再び頬を朱鷺色に染めた。
「「表でやるなっ!! 中でやれ、中でっ!!!」」
微笑ましいというよりもこっぱずかしい情景に、瑠璃華と雷霆は声を揃えて叫んだ。その声に驚いた玻璃音は、二匹の方を見やって目を剥く。
「って、なんで雷霆サンも一緒なの!?」
「何なんだお前ら姉妹は。俺が一緒というのはそんなに悪い事なのか?」
姉妹そろって嫌な顔をされ、雷霆は再び眉を顰めた。
「エ――? 別に悪いとは言ってないですよぉ? ただ、ちょぉっとびっくりしちゃっただけで。」
「玻璃音。んなコトはいいからお茶入れてきな。」
不意に、瑠璃華が言霊を投げた。苦手な雷霆の相手をしなくてすむのは正直ホッとするほどありがたいのだが、雷霆が玻璃音と仲良くしているさまを見て少々ムッとしてしまったのだ。
「上がっとくれ。」
自分でも理解しきれない感情を雷霆に悟られまいとして、瑠璃華はさっさと奥へ向かう。その背後で、雷霆は口元に笑みを刷いた。

「で? 一体どんな依頼なんだい?」
ちゃぶ台を前に茶を啜って心を落ち着かせつつ、瑠璃華は雷霆に尋ねた。
「ん――? まぁさっきの四条河原に転がってたのについてなんだが。」
「あれ? あーゆーのについてなら、雷霆サンの方が詳しいんじゃないですか?」
予想外の言霊に、浅葱は思わず動きを止めた。
「ああ、まぁだから……検非違使や内裏の連中がどう判断するかが知りたいんだ。あーゆーのの収集家(コレクター)としては、な。」
「なるほどねェ。ま、それくらいなら何とかなるか……確かにアレが何かって事は気にはなってるし。」
うなずきと共に零れた瑠璃華の言の葉に、雷霆は口元に軽く笑みを刷いてさらに言の葉を重ねた。
「もののついでに手に入れてもらえりゃ文句なしなんだけどな。」
重ねられた言の葉の内容に瑠璃華は思わず息をのみ――その傍らで浅葱は呑気にお茶を啜っていた。
「できなくはないですね。案外簡単なんじゃないかなぁ?」
「――って、乗り気になってんじゃないよッ!! いくらなんでも犯罪はヤバイだろ!?」
呑気な浅葱の言の葉に、瑠璃華は思わず目を剥いた。
「大丈夫だいじょーぶ。今までだって結構犯罪ギリギリな事やってきてるんですから。それにホラ、検非違使には轂焔サンだっているんですよ?」
のほほんと投げられた言霊に、瑠璃華は頭を抱えてちゃぶ台につっぷした。
「そんなにイヤならお姉ちゃんは行かなきゃいーんだよ。代わりに、私が浅葱サンのお手伝いしてあげるから。」
隅の方で実は話を聞いていた玻璃音が口を挟んだ。浅葱と少しでも一緒にいられるかもしれないと、何やら嬉しそうに目を輝かせている。
「冗談じゃない! アンタ達だけに行かせるぐらいならアタシも行くよ!」
「じゃ、決まりだな。やるんだろ、黒鳳蝶の?」
浅葱や玻璃音のあまりな言霊に思わず瑠璃華が叫ぶと、口元に笑みを刷いた雷霆が満足そうに言霊を投げかけた。
「あーもう、しょうがないからやってやるッ! 高くつくよ、この依頼は!!」
「なに、構わんさ。」
やけになって叫んだ瑠璃華の言霊に重なって、してやったりという風情の雷霆の笑い声が響いた。



碧谷 明

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