雲母の世界
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泡沫の雲母の夢 ①

碧谷 明




二十三世紀――科学の発達したこの時代、
怪しの者達は世界の果てへ果てへと追いやられていた。
住処を失った者達は、
この世界の両極である地に人知れず都市を形成する。
古き好き時代、
毎夜百鬼夜行が目撃される、
そんな(まち)をそっくりそのまま模写(うつ)した都市を。
都市の周りには結界が張り巡らされ、
人はその内に入り込むことはできない。
怪しの者達が科学に侵されることなく、
唯一気儘(きまま)放題に暮らすことのできる都市なのだ。
その都市は名を雲母(きらら)という―――。


一匹の女が、窓越しに通りを眺めている。
「暇だ、ねェ……。」
高い位置で束ねた見事な黒髪をうるさそうに払いのけながら、女はため息を吐いた。
「そうですねぇ。でも平和が一番ですよ、瑠璃華(るりか)サン。どうせすぐにまた忙しくなるんですから。」
大人びた口調だが妙に幼い声が響く。女はまた一つため息を吐きながら声の主を見やった。
「それはまァ、そうかもしれないけどさ。それにしたってなんかこう――あるだろ? 忙しいったって舞い込んでくる仕事は、どーせカスみたいなもんばっかだしさ。ところで浅葱(あさぎ)、アンタちゃぶ台の上からいいかげん降りな。」
声の主である少年は、ご丁寧に座布団まで敷いてちゃぶ台の上にちょこんと正座していたのだ。そんな所に座られては、誰だっていい気はしないだろう。
「ハイハイ、今降りますよ。」
そう言霊を吐いて、素直に降りた少年の名は実生(みしょう)浅葱。通称は「清漣(せいれん)の浅葱」といって、人でいうなら十歳ぐらいに見えるが実は十五歳である。種としては座敷童系で、こう見えても忍びの者だ。腕はかなり良い。対して、先ほどから何度もため息を吐いている女は名を閼伽坏(あかつき)瑠璃華、通称は「黒鳳蝶(くろあげは)の瑠璃華」だ。人にして二十二、三歳ぐらいに見えるのだが実はなんと六十三歳、怪猫族の出身で、生業(なりわい)は探偵である。
「あーもぅ、それにしても暇だァね……。」
瑠璃華は今日もう何度目になるか分からないため息を吐いた(あまりに多いので途中で数えるのを止めてしまったのだ)。
「お姉ちゃんっ! タイヘンだよっっ!!」
そう叫びながら、まるで瑠璃華の小型模型(ミニチュア)のような少女が跳び込んできた。
「どうかしたんですか、玻璃音(はりね)サン? 何か事件でも?」
玻璃音、と呼ばれた少女は浅葱に声をかけられて頬を朱鷺(とき)色に染めた。何やら「小さな恋の旋律(メロディ)」という言霊を用いたくなるような光景ではあるがそれはさておき。
少女の名は閼伽坏玻璃音、瑠璃華の妹である。本当は二十三歳なのだが、今は浅葱に合わせているので外見だけなら人でいう八歳ぐらいに見える。
「それで、一体何があったんだい?」
呆れたように吐かれた瑠璃華の言霊に、玻璃音ははっと我にかえる。はっきりいって浅葱の声を聞いた途端に、玻璃音の頭の中では瑠璃華の存在などすっ飛んでしまっていたのだ。
「あ、うん、ゴメンお姉ちゃん。」
玻璃音は照れ隠しのようにはにかんだ。その様子は、普通に見れば実に可愛いのだが、実年齢を知っている瑠璃華は思わず眉を顰めた。
「ひっどぉーいっ!! そんな顔することないでしょー!?」
「あーもぅ、いいから何があったのかさっさと言えって!!」
ズズズ―――
ついに声を荒げた瑠璃華に思わず玻璃音が身をすくめたその刹那、謎の怪音が響き渡り、二匹はとっさに身を固めてしまった。
振り返った瑠璃華の目に飛び込んできたのは、再びちゃぶ台の上に座布団を敷いてちょこんと正座し、呑気に緑茶を啜っている浅葱の姿であった。
「あ、ドウゾお構いなく。姉妹ゲンカ続けて下さって結構ですよ、お二方とも。ボクここで大人しく観戦してますから。」
「―――――ッッッ!!!」
のほほんとした表情で投げかけられた言霊に瑠璃華は絶句し、行き場のない怒りに無言で身を震わせた。
「あ、あっそうだっ! お姉ちゃん! だからタイヘンなんだってば!!」
「だから何があったんだい?」
このままでは浅葱の身が危ないかもしれないと感じた玻璃音は少々強引に話題を戻し、瑠璃華が乗ってくれたことにほっと一つ息を吐いた。
「うん。あのねー、四条河原に変なのが出たんだって。」
「変なの? 何さ、変なのって。」
「えっとねー、鉄色のツノと細長い六尺半ぐらいの尾を持った黒くて四角い塊と、よく分からないけどゴチャゴチャしたものを結界で包み込んだみたいな一尺半の管玉(くだたま)型のやつだって。なんか検非違使(けびいし)とか来ておー騒ぎしてたよ?」
四条河原――京においては室町の頃、飢饉の祭に餓死した者達の遺体が累々と重ねられた、場所。その所為か、夜になると闇の中で怪しの者達が蠢き、もごよひ来たる場所であった。
そんな所にそんな得体の知れないものがあったのなら、それは確かに「タイヘン」だろう。
「ふぅん……それはまた、なんだか事件の匂いがするねェ。よし浅葱、行ってみるよ!」
「ハイハイ。」
「玻璃音も行く――!!」
「お前は留守番だよ。どーせあの口ぶりじゃあもう見に行ったんだろ?」
「だからこそ案内するって言ってるんじゃない! 瑠璃華姉ばっかり浅葱サンと一緒なんてズルイよ!!」
「五月蝿(うるさ)い。四条河原ならすぐに分かるだろうし、第一検非違使が出張ってんのなら、どーせ轂焔(こくえん)だっているだろ? 案内と説明役なんてそれで十分だ。」
「―――ッッ瑠璃華姉のドケチ!!!」
こうして玻璃音の罵声を背に、二匹は四条河原へと向かったのであった。



碧谷 明

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